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青森(2021/7/19-22)4日目

3日目からの続き、青森ツーリングの最終日です。

私は帰ります

チェーン給油。

 ホテル出発前にウググと唸りながらセンタースタンドを立ててチェーン給油です。荷物を載せた車体は重い重い。荷物を載せる前なら楽だった。
 オイルはいつも通りエンジンオイルです。磨耗が抑えられているせいか、最近はほとんどチェーンの張り調整をせずに済んでいます。このあともマメに給油していれば50,000kmまでは使えそうです。
 チェーン給油が済んだら出発です。今日は近くの寺をみてから帰路につきます。

福島市の天王寺。

 聖徳太子が建立したらしい。だとすると1400年前です。私が最近好きな古いお墓が見られるかもと思ってやってきました。昨晩宿泊のホテルからは少し逆行しています。

古いお墓。

 こんな形のお墓は長野県にはありません。この地域独特の形、興味深い。

おみくじ。

 本堂内にて。ダルマやまねき猫の中におみくじが入っています。1体300円也。妻と娘の分と合わせて3体を連れて帰りました。結果は大吉2個、吉1個でした。
 そういえば私が中学生の時、修学旅行で訪れた京都の北野天満宮で「凶」を引いたっけ。凶って入ってるんだ。

医王寺。

 天王寺の近くです。松尾芭蕉も「奥の細道」の旅で訪れたらしい。

供養塔。

 この地を治めた一族のもの。大きく立派。

松尾芭蕉の句の碑。
「笈(おい)も太刀(たち)も 五月にかざれ 紙幟(かみのぼり)」

 俳句の詳しい解説は他のサイトでどーぞ。私にはうまく解説できません。
 あれは私が中学生の時でした。社会科の担当教師がこう言っていたのです。「実は松尾芭蕉は幕府の隠密で、旅は各地を内偵するためのものだったという説がある」
 確かに仕事でもないのに各地を旅するのは経済的に難しそうです。幕府の命を受けた内偵活動だったから可能だったのかも。松尾芭蕉隠密説は私の中で生き続けていました。
 しかし今回調べたところ、当時の芭蕉は俳句家としての地位を築き安定した収入を得ていたようで、旅をするのは無理なことではなかったそうです。隠密説は完全に俗説だとか。なんだ隠密じゃなかったのか。その方が面白かったのに。
 お寺を2つ観て満足しました。私は帰ります。

鯖サンド。

 北陸自動車道米山SAにて。ホテルの朝食では朝カレーを食べました。そのせいであまりお腹が空いていないので軽めの昼食です。フランスパンでサンドされているのは揚げた鯖。美味しかったけどちょっと鯖が小さくないかい?

帰宅。

 長野市の実家に立ち寄った後、無事に帰宅しました。初日からパンクでヒヤヒヤしましたが、無事に2000kmを走破。念願の竜飛岬を訪れることができて満足です。
 しかしそれにしても暑くて疲れました。今日は自宅のベッドでゆっくり休みます。

最終日の走行距離は488km。以上、青森ツーリングでした。