日本ラジオ博物館(移転後)

2021/4作成

数年前、日本ラジオ博物館を紹介しました。

1年ほど前に移転したのであらためて行ってみました。

外観。

移転前と同じく古い蔵が利用されています。

移転前は松本城近くにありましたが、そこから3km弱郊外へ移転しました。

館内。

黎明期からのラジオ受信機が所狭しと並びます。

ラジオ放送が開始されたのは1920年らしいので、100年前です。

1924年(大正13年)のアメリカ製ラジオ。

日本では家が建つほどの値段で販売されたとか。

企画展示コーナー。

「焼け跡のラジオ」と題し、終戦の1945年から1950年ごろまでに製造されたラジオが展示されていました。

「無名メーカ」のラジオ。

「戦後、多くの中小企業がラジオに参入した。」

ん、どこかで聞いたような話です。

そう、バイクの製造に多くのメーカーが参入していたのと同じです。

今では国内バイクメーカーは4社ですが、もっと多くのメーカーが残っていたら楽しかったのに。

電圧調整器。

戦後の電力供給は不安定で、夜間は電圧が低下したそうです。

この機器はその電圧降下を補うための物です。

解説にもありますが、一歩間違えば逆に過電圧で機器を壊してしまう代物です。

現代の電力供給は素晴らしく安定しています。

私が子供の頃、夏の夕方には落雷が原因と思われる停電がありました。

しかし今ではほとんど停電はありません。

きっと電力会社の人が頑張ってくれたおかげでしょう。

組み立てられたキットテレビ。

テレビ放送が開始された頃、市販のテレビは非常に高価でした。

そこで安く買えるテレビの組み立てキットが販売されていたそうで、これはそのキットを組んだものです。

丸いのがブラウン管です。

ブラウン管の形はテレビの進歩と共に四角く平らになっていきます。

1968年(昭和43年)のナショナルカラーテレビのカタログ。

「みなぎる」って!

「超大画面」って」!

480,000円は当時の大卒初任給約30,000円の16倍です。

今の大卒初任給は210,000円位、16倍すると7,500,000円です。

高めの高級車1台分の感覚でしょうか。

掃除機。

ラジオ、テレビ以外の家電も展示されています。

これはその1つで1970年(昭和45年)頃の物です。

はっきり覚えていませんが昔の掃除機って、こんな感じのデザインでした。

ウォークマンとミッキーマウスのラジオ。

ウォークマン、私も持ってました。

姉や友人からテープを借りたりしたっけ。

懐かしい。

入館料は500円、移転前と同じでした。

楽しめますので、松本に来た際は是非訪れてみてください。

ただし基本的に土日、祝日が開館日なのでご注意を。